ここに記す

自分のことについて

まず、基本的に自分の性格は

・傲慢(自分が認めた人間としか関わりたくない→認めた人間は少ない=自分の中での友達は少ない。だから福岡に戻ってきて誰かと遊んだことってほとんどないはず、厳密に言うと小中高で本当に友達と思えた人間は瑛だけである)

・それでいて臆病(なるべく怒られないように振る舞う、争うのもめんどくさいという次の怠惰とほぼ同義である。また、このせいで人に言葉で自分のことを伝えるのはてんでダメである、全てを模範解答風にしてしまうから、なので病院での診察もそうであると考えられる)

・怠惰(必要であると感じることだけをやる、それ以外はしない、それゆえに東筑・薬学部など、なんでもきっちりやる人間が多く、自分たちはブランドだという意識をもつ集団は嫌いである、見ていて気持ち悪い。また、方向性は違うが、長生きをしたくないしする必要がないという考え方もこれに入るであろう。なぜどんどん体も頭も衰えていく時期を長く過ごさねばならんのか、昔から甚だ疑問である。同じように結婚もそうである。するならしてもいいが、絶対にしなきゃとは思わないし、結婚したとしても子供は別に欲しくない、賢くて可愛げのある子であれば好きだが、基本的に子供はあまり好きではないし、肉体的でも精神的どっちでもそうだが被虐待児は親になると同様の虐待をしやすい負の連鎖もあるし)

 

そして、自分の症状は躁鬱病+意欲減退症候群であると踏んでいる。

例えば、

・躁のときは睡眠が必要ない、過剰な出費(大学生のころの物の増え方)、変な行動力

・鬱のときは最近の行動で分かるでしょう

また、本来なら楽しいこと(ライブ、飲み会、コンサートなど)の後とにかく死にたくなって毎回ベッドで泣いていた、これは最近の在宅飲みのときもそうであった

・どんなことでも努力ができない(仕事もそう、勉強もそう、楽器の練習もそう、いたゲームとかもそうであった)

手が動かない、頭が働かない、めまいがするなどの症状が出る(楽器もきちんと練習したことがない、ライブの曲も何回か聞いて譜面をちょっと見てあとはアドリブでしかやったことがない)

 

○家のこと

・大学生のころから、帰省するたび両親の喧嘩があり、帰省したくなくなっていたこと

・そのため就職も福岡から離れるつもりだったが反対されて、その嫌な実家に帰ったこと

中流と思いたいであろうがうちは確実に貧困家庭であったこと。明らかに周囲との格差を感じる。馬鹿と貧困は罪である。もともとはこれを脱却するために薬学部なんぞを目指した。

まあ、逃げたけど

・酒癖も悪くヒステリックな母のご機嫌伺い。しなければいいと言われるが、しないならしないでまたストレスになる

・父親との会話の半分は誰かの愚痴。

聞く気はないがひたすら話してくる

・後になって、〜は失敗だった(ex.薬学部に行ったのは失敗だった、公務員辞めたのは失敗だった、)などと延々と語ること

・被虐待児(親の暴力だけでなく、ヒステリックな言動なども含まれる)は遺伝(よい表現が思いつかない)すること。それに付随して、自分もそうだったから我慢しろという風な圧力など

○その他

・仕事のチョイス、どちらも失敗であった

役場もシーズ も相手にする人間の程度が低すぎる。所詮ガラの悪い地域の人間たちであった

・薬学部に行って良かったことは、良い仲間に出会えたこと、これのみ

楠本さん、廣瀬、髙野の3人のおかげで良い方向に人生変わったと思うし

他にも海舟さん、辻川さん、前田さん、秋武さん、小嶋さん、小浦さん、後藤さん、津田さん、伊藤、片山、山崎、福添、木下、奥野、白河、神谷、中尾など

他にもおるかもしれないが、パッと思いつかないあたり上記の人達よりはワンランク下がる

・大学以前の人生は最悪だったと思う

小中で瑛以外の友達はいないに等しい

高も剣道部の同期以外に友達はいない

 

とりあえずはこんなところか